パリから甲子園を目指す

スクスタで学ぶ「変化に必要な3つの要素」

スクスタのメインストーリーは「スクールアイドルの象を導く物語」と言える。

本記事では、「スクスタは変化に大切な全てのことが詰まっている」という話をする。

スクスタの感想記事を書いてみる

TVアニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」放送当日を迎えた。虹ヶ咲にとっての現在までのメインプラットフォームである「スクスタ」に関しては、8月末にようやくメインストーリー1章をクリアしたレベル20台のゆるゆるプレイ勢なわけだが、なんやかんや楽しんでる上1st、2ndライブを経て虹ヶ咲の今後への期待は最高潮に達している。

そこで、TVアニメが放送される前に、スクスタメインストーリーについて私なりの話をしてみたいと思った。ストーリー全体を通して私が特に注目したのは、主人公である「あなた」「変化に必要な3つの要素」を高いレベルで備えているということだ。

ということで第1章の前半をざっくりおさらいしてみよう。μ'sとAqoursの合同ライブに感銘を受けた「あなた」は、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室にたどり着く。そこで中須かすみから、同好会が廃部になるかもしれないという話を聞き、生徒会長に直談判しに行ったところ「部員を10人集めたら存続を認める」という条件を出される。これに対し「あなた」は「元メンバーに戻る意思がないか確かめる。その前に頑張っていける人に入ってもらい、頑張っていける場所であることを示す」というように、部員を集める上での具体的な方針を提示した。また同時に、スクールアイドルに対するかすみなりの情熱を肯定し、足のテーピングを見て練習を頑張っていることを指摘した。

このやりとりの中だけでも、「あなた」が人の心を動かす術を身に着けていることがよく分かる。「あなた」はかすみが前に進むために、かすみの「象使い」と「象」に効果的な方法で訴えかけたのだ。

「感情」が「象」で「理性」が「象使い」

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Image by Sasin Tipchai from Pixabay

バージニア大学の心理学者ジョナサン・ハイトは著作「しあわせ仮説」において「感情」を「象」「理性」を「象使い」と比喩した。象の手綱をつかむのは象使いだが、もし象が言うこと聞かなければ、象に比べて体格ではるかに劣る象使いに勝ち目はない。理性と感情も同じような関係にあると言うのだ。週末に新しいことにチャレンジしようと思っていたのに惰眠を貪ったり、筋トレをサボったり、ダイエット中に甘いものを食べてしまうといったことは、心当たりのある方も多いと思う。「今の自分を変えたい、マッチョ(もしくはスリム)になりたい」という将来の目標を達成したい理性(象使い)に対して、「寝たい、楽したい、甘いものを好きなだけ食べたい」と目の前の誘惑を求める感情(象)の力の方がはるかに強く、目標に向けて人が行動する上での障害となってしまう。

一方で、目標に対するモチベーションが高ければ感情は前向きに働き、それを行うための大きなエネルギーとなる。例えば、「あなた」がスクールアイドル活動にあれほど積極的に取り組めるのも、スクールアイドルに対する溢れんばかりの情熱によるものだ。つまり、人が目標に向かって行動を起こすためには、象にやる気を与えることが重要となる。

しかし、それだけでは十分ではない。同好会メンバーのスクールアイドルに対する情熱は大きかったのに、やりたいことがバラバラで進むべき道が分からなくなった結果現在の危機に陥った状況に対し、「情熱があればなんでもできるわけじゃない」とかすみも漏らしている。いくら象にやる気があっても、手綱を握る象使いが進むべき方向を把握していなければ象は戸惑ってしまう。目標に向けた計画・方針が明確になって初めて象は進むべき道を歩むことがきるのだ。従って、変化のためには象にやる気を与えるだけでなく、象使いに方向を教えることも欠かせない要素となる。

先に「変化に必要な3つの要素」と書いたが、そのうちの2つが「象にやる気を与える」「象使いに方向を教える」になる(最後の1つはまた後で述べる)。以上の2点を踏まえて、「あなた」が実践した内容を確認してみよう。

「あなた」ちゃん無双の始まり

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かすみの象使いは頭を空回りさせ始めた。 (スクスタ第1章第4話)

大きなため息をはくかすみ。「部員を10人集めろ」という難題を与えられたかすみの象使いは早速戸惑ってしまっている。おそらく「まず今日の下校時間に校門で部員募集の声掛けをして、あとはビラもたくさん作って校舎中に貼って……でもあの鬼の生徒会長が悠長に待ってくれるわけないし、いくらかすみんがかわいいからって10人も集めるなんてできっこないですぅ~」などと頭を空回りさせていることだろう。そこへ「あなた」は次のように提案する。

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元メンバーが辞めたと思っているかすみにとっては盲点だ。 (スクスタ第1章第4話)

全校生徒という不特定多数ではなく、現時点で入部する可能性の高い人物に絞ろうと言うのだ。スクールアイドル活動のために虹ヶ咲に転入してきた元メンバーは、現段階で一番入部可能性の高い「ブライト・スポット」だ。

困難に直面した時、象使いはたいてい問題を洗い出そうとするが、それでは方向が定まらず空回りするだけだ。そうではなく、現時点で「うまくいっていること」「うまくいきそうなこと」、即ちブライト・スポットを見つけることで方向が定まり、前に進みやすくなる。

さらに、元メンバーを説得する前に「頑張っていける人」にまず入ってもらい、皆で頑張っていける場所だと彼女らに示すことで確実性を高める作戦を立てた。この作戦は非常に効果的だ。なぜなら、元メンバーの象に訴えかけることができるからだ。

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元メンバーの象に訴えかける作戦。(スクスタ第1章第5話)

あなたの言うように、象使いを説得するだけでは人を変えることはできない。これは企業変革においても同様だ。正確な分析結果を丁寧なパワポにまとめてプレゼンを行うだけでは、たとえ象使いが変化の必要性を十分に理解したとしても、象は大きな変化に対してビビりがちなので行動を起こそうとしない。組織が変革に成功するのは、たいてい象に訴えかけて「今すぐ行動しなければ!」という感情が生まれた場合に多いのだ。

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象使いに訴えるだけではダメ。 (スクスタ第1章第5話)

ひとつ例をあげよう。大手メーカー社員のジョン・ステグナーは、ある方法によって企業のコストを大幅に削減させることに成功した。ステグナーは全工場で使用されている作業用手袋に着目し、それらの種類と購入価格を全て調べ上げた(学生インターンに手伝ってもらった)。すると、424種類もの手袋を購入しており、しかも同じ手袋でも工場によって5ドルだったり17ドルだったりと購入価格がバラバラであることが発覚した。普通ならこれらのデータを素敵な資料にまとめあげ、役員の前でプレゼンを行い、「手袋の購入プロセスを見直しましょう」と訴えるだろう。しかし、ステグナーは全く別の手段をとった。なんと全種類の手袋に値札を付けて重役会議室のテーブルに山積みにし、役員全員を呼び出したのだ。この手袋の山の光景に役員全員が圧倒された。

役員A「え、手袋だけでこんな種類買うてんの……」

役員B「うちで買うてるやつ、あいつんとこと一緒やのに価格全然違うやんけ!」

役員C「俺らアホすぎるやろ!」

会社はすぐさま購入プロセスを変更し、巨額のコストを削減することができた。もし単に分析結果を報告しただけなら、「そら大変や。来期の予算会議でちょっと考えよか」程度に受け止められ*1、先延ばしされていたことだろう。この実例は、「Gloves on the Boardroom Table」というビジネスストーリーとして今も語られている。

今回の場合も規模は大違いだが基本的な考え方は同じだ。「頑張っていける人」を目の前にし、直接話をすることで「この人がいるなら頑張っていける!もう一度やろう!」という感情を元メンバーに芽生えさせることができる。*2

話が少し戻るが、「頑張っていける人」=「歩夢」もブライト・スポットだ。

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幼馴染はブライト・スポット。 (スクスタ第1章第5話)

長い付き合いの中で歩夢が頑張っていける人だと理解しているからこそ、「あなた」は真っ先に歩夢に声をかけた。単に元メンバーだから、幼馴染だからという理由で声をかけたとしても、彼女たちの象は動かなかっただろう。仲の良い友人を部活に誘う場面を想像してみて欲しい。友人が他の部活を希望していたり他にやりたいことがあれば、いくら仲が良くても誘いに応じないことの方が多いだろう。「君じゃなきゃダメなんだ」という想いがあって初めて真剣に考えようという気になるのだ。

以上に述べたように、「あなた」は短いやりとりの中でさも当然のように、かすみと歩夢、そして元メンバーの象使いと象両方に訴える方法をひらめいている。スクスタリリース当時から「あなたちゃん有能すぎ」とは言われていたが、ストーリーの内容を心理学や組織改革の側面から分析したことで、その能力が思ってた以上に化け物レベルであることがお分かりいただけたと思う。

ところで、「あなた」のこの素質はいつから備わったものだろうか。

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聞いてもないのに語りだす幼馴染。 (スクスタ第1章第5話)

幼馴染である歩夢によると、「幼稚園のお遊戯会を嫌がっていた歩夢を「あなた」が励まし、以降も「あなた」のおかげで頑張ってこれた」とある。なんと幼稚園時代まで遡ってしまった。これはもう生まれついての才能と呼ぶ他ない。

伝説のナンパ師「あなた」ちゃん

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無意識に初対面の後輩を落としにかかる主人公。 (スクスタ第1章第5話)

「あなた」は初対面であっても、短い会話のなかで相手の特徴(ブライト・スポット)を見抜くことができる。そしてかすみが否定しかけた情熱を肯定するなど、相手の想いを尊重することに重きを置いている。純粋に人が好きなのだろう。さらに、ブライト・スポットを軸に相手を褒め殺す、天然だが巧みな話術によって、ほんの少し会話をしただけで簡単に象を動かすことができる。このような人物にはどのような適性が備わっているだろうか。そう、ナンパだ。

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1人目:性格の良いギャル。 (スクスタ第1章第7話)

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2人目:ポーカーフェイスの理系女子(画面にはいないが)。 (スクスタ第1章第7話)

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並行して幼馴染を持ち上げることも欠かさない。 (スクスタ第1章第8話)

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3人目:モデルのお姉さん。 (スクスタ第1章第9話)

「あなた」の象捌きにかかればギャルも理系女子もモデルも即落ちだ。「良い女を紹介してもらう」→「ナンパ」→「入部」という流れであれよあれよという間に部員を獲得していく。スクールアイドル道でなくナンパ道を歩んでいれば、伝説のナンパ師として世界に名を轟かせていたことだろう。

変化に必要な3つ目の要素

順調にメンバーを集めていく同好会一同。しかしこのままグループとして活動を続けても方向性の違いにより結局同じことの繰り返しになる可能性がある。そこで「あなた」は大きな提案を投げかける。

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環境を変える。 (スクスタ第1章第9話)

部活でアイドルをするのだから、1つのグループとして活動するのが自然な考え方だ。しかし、初期同好会はメンバーの方向性の違いによってグループ活動に明らかな支障をきたしており、メンバーはそれについてずっと悩んでいた。果たして問題は同好会メンバーにあったのだろうか。それは違う。初期同好会が混乱してしまったのは、「グループ活動」という環境を変えられなかったためだ。そこで「あなた」は「グループ活動にこだわらなくてもよい」というアイデアを提示することで、同好会の環境を変えようとしたのである。

変化に必要な3つ目の要素とは即ち「環境を変える」ということだ。人間の問題だと思っていても、実は環境の問題であることの方が多いのだ。環境を変えるだけで、象使いと象に意識的に働きかけなくても変化を起こしやすくなることだってある。実際のところ、優木せつ菜がメンバーの象使いと象を上手に動かせなかったとしても、誰かが「ソロ活動一本にするってどうよ?」と提案するだけで象は自ずと前に進むことができ、活動を継続することができただろう。

「あなた」がこのアイデアを提示できたのには、スクールアイドルを知って間もないため固定観念に捕らわれることがなかったということもあるだろうが、問題に直面した際に「まず環境を変えてみよう」と考える習慣が備わっているということも考えられる。話が少し進むが、第2章第2話では自身の方向性に悩んでいるエマをとりあえず公園に連れ出してみるという行動に出た。環境を変えたからといっていつもすぐ問題が解決するわけではないが、立ち止まっているのに比べればはるかにましだ。「まずは環境を変えてみよう」と考えることは、変化のきっかけをつかむチャンスを増やすことに繋がるのかもしれない。

次の目的地は

「あなた」の導きにより、「部員を10人集める」という目的地へと象たちは辿り着くことができた。新しい環境で再始動することとなったスクールアイドル同好会。まず最初にすることは、次なる目的地決めだ。

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象はやる気に満ち溢れ、象使いは次の目的地を求めている。 (スクスタ第1章第10話)

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大きく具体的な目標は象を奮い立たせる。 (スクスタ第1章第10話)

目的地は定まった。ここから始まる9頭の象を導く物語には多くの山と谷が待ち構えており、「あなた」は様々なテクニックを用いて象に道を歩ませることとなる。スクスタメインストーリーは壮大な象の旅路に他ならない。そこには私たちの人生に役立つ多くのことが散りばめられている。第2章リリース前に今一度振り返ってみてはどうだろう。変わるためのヒントがきっと見つかるはずだ。 

おわりに

本記事では、変化のために必要な3つの要素、及びスクスタの主人公である「あなた」がその術を高いレベルで備えていることを述べた。変化に必要な3つの要素をもう一度おさらいすると以下の通りだ。

  1. 象使いに方向を教える
  2. 象にやる気を与える
  3. 環境を変える*3

もしこの記事を読んでいる「あなた」が自分や身の回りの何かを変えたいと思うのなら、この3つを心がけてみよう。きっと変化を起こせるはずだ。

さて、今回のように心理学や組織変革の側面からスクスタメインストーリーを振り返る記事というのはまだあと何回か書いていこうと思う。1章だけで既に相当な情報量だったが、書きたいことはまだたくさんある。次回は、三船栞子を中心に書いてみるつもりだ。

参考文献

スイッチ!

スイッチ!

 

本記事はこの本を参考に書いた。「あなた」の人を動かす能力が何によるものなのか、これ1冊で相当理解が深まるはずだ。「あなた」は実際超有能に違いないのだが、スマホの前でスクスタをプレイしている「あなた」でも、この本を読むことで同じことができるようになる。もちろん、実践すれば100%成功するものではないし、試行錯誤を繰り返すことになると思うが、QOLを向上させる大きな手助けとなることは間違いない。

 

honeshabri.hatenablog.com

 そもそも「スイッチ!」を読もうと思ったきっかけがこの記事だ。 この本以外にも、この方の記事の影響で色々な本やアニメに手を出してきた。あとブログの書き方もかなり参考にさせてもらっている。今回紹介したような話に興味を持たれた方には、この記事を読んでみることをオススメする。

 

 

*1:もちろん、これだけでも行動を起こそうと思う人もいるだろうが

*2:結局かすみの勘違いにより杞憂で終わったが

*3:「スイッチ!」では、この他に「習慣を変える」「仲間を集める」「変化を継続する」といった要素と併せて、「道筋を定める」と定義している